むかしむかしあるところに、フレースヴェルグというミミルズクのケダモノがいました。
フレースヴェルグは、本を読むのが大好き。しかし、真っ黒で大きな鳥の姿をしているので、人と約束を交わしてしばらくの間、その身体を貸してもらっていました。
人間の方も、人ならざる者の時間を生きることが出来るなら、と足を運ぶ者が絶えませんでした。
「ケダモノ様、私に時間をください」
あるとき考古学者の男が言いました。
「40億年前に存在したはずの幻の文明を、証明したいのです。そのためには、人間に許された時間は、あまりにも短すぎる」
フレースヴェルグは頷いて答えました。
「いいだろう。何年かかる?お前は、何年あれば過去の神秘に手が届くと思う?」
「200…いや、300年ください。」
「よし。では、300年で遠い過去に手が届いたならば、お前に永遠の命をやろう」
考古学者は、沢山の時間を掛けていくつもの遺跡を調査し、いくつもの資料を調べ尽くしました。しかし、遠い過去の神秘に手が届くことはありませんでした。
やがて約束の時が過ぎ、ケダモノが言いました。
「さぁ、お別れの時間だ」
窓の外を飛び去って行く大きな黒い鳥を見送りながら、考古学者はため息をつきました。
「あぁ、私に永遠の命があったなら……」
「ケダモノ様、私に時間をください」
あるとき、天文学者が言いました。
「夜空にある全ての星を数え尽くし、宇宙の果てを観たいのです。そのためには、人間に許された時間はあまりにも短い」
フレースヴェルグは頷いて答えました。
「いいだろう。何年かかる?お前は、何年あれば夜空の星々を数え尽くせると思う?」
「700年!私に700年ください」
「よし。では、700年で宙の果てに手が届いたならば、お前に永遠の命をやろう」
天文学者は、沢山の時間を天体観測と研究に費やしました。おかげで宇宙の謎の多くは解明されましたが、それもこの広い宇宙の1ページが明かにされたにすぎません。
――始まりの爆発から現在に至るも、全ては未だ広がり続けている。それが700年かけて彼がたどり着いた答えだったのです。
やがて約束の時が過ぎ、ケダモノが言いました。
「さぁ、お別れの時間だ」
満天の星空を飛ぶ大きな黒い鳥を眺めながら、天文学者はため息をつきました。
「あぁ、私に永遠の命があったなら……」
「ケダモノ様、わたしに時間をください」
あるとき、病で死に瀕した少女が言いました。
「この病の治療法が知りたいのです。私が生きるために、同じ病に苦しむ人たちを救うために。そのためには、私に許された時間はあまりにも短い」
フレースヴェルグは頷いて答えました。
「いいだろう。何年かかる?お前は、何年あれば全てを救うことが出来ると思う?」
「六十年ください」
「たった六十年でいいのか?」
「人が生きるには十分です」
「ははは!では、60年でお前が思う全てを救うことが出来たならば、永遠の命をやろう」
六十年、彼女は必死で勉学に励み、とうとう病の特効薬を発見しました。
少女の外見は、変わらず幼い少女のままでしたが、多くの人を救う立派なお医者さまへ成長していました。
「むむ。悔しいが、お前は私との約束を果たした。こちらも約束通り、永遠の命を授けよう」
フレースヴェルグは少女に言いましたが、彼女は首を振りました。
「いいえ、わたしはもう十分。これ以上の永遠なんていらないわ」
「あなたがくれる永遠は、きっと膨大で長い長い時間だけ。私たち人間が憧れた”永遠”が、そんな空しいもののはずが無いもの。本当の永遠って、もっと満たされていて美しくて、素晴らしいものよ」
明けの空に、黒く大きな鳥が飛んで行きます。本当の永遠を探しに……。
おしまい