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PANZER BATTLES 考察1/ System of OODA Loop [Big O]

序章 / Challenge. Simulate combat doctrine.

 バルク少将率いるドイツ軍第11装甲師団の機動防禦をWWⅡ好きのゲーマーで知らぬ人はいないでしょう。

wikipedia [Georg Otto Hermann Balck]

 現代の軍事ドクトリンに多大な影響を及ぼした大モルトケの訓令戦術(委任戦術)の実戦史として1942年に紡がれた戦史は今もなお高名であり、世界最大の軍事国家・米合衆国でさえ自国軍事ドクトリン構築の参考例として幾度と無く研究の俎上に乗せる程の伝説的な戦史でもあります。

wikipedia [訓令戦術]

 このチル川の機動防禦を抽象化しマップ上に再構築したウォーゲームがThe Gamers 製作の「PANZER BATTLES」(以下、「PBS」)です。基本ルールを同一とし、各ゲームタイトル毎にオリジナルルールを加味してゆくStandard Combat Series(以下「SCS」)の一作として出版されたこのゲームは比較的優しいルールに加えキャンペーンゲームでさえ20時間程度で終了するウォーゲームビギナーに優しい(?)構成になっています。

 ゲームテーマは委任戦術。

 ドイツ語で表現すると「Auftragstaktik」と表記し、誤解を恐れず内容をざっくりと要約すると「各階級の司令官(この場合は軍団長→師団長→連隊長→ さらに下って下士官に至る。)は一定の方針(ドクトリン)に従い各レベルの現場の推移に対応する程度の権限を委譲される命令システム」をこのように呼びます。この命令システムが非常に高度なレベルで戦場に適応されると、命令伝達のタイムラグが減少し戦況の変化に速やかに対応可能となります。

 このテーマはある種、近代軍事哲学の金字塔のような思想教義とも呼べるものです。しかし戦場の実相を模倣する類のウォーゲームのようなシステムには思想の模倣は表現不可能領域でもあります。ですが、この委任戦術を駆使した戦場の実相と結果だけは辛うじてボードウォーゲームの表現可能領域であり、この難題のようなシミュレーションに取り組んだThe Gamersのデザイナーの皆様方には、”凄い!!”の一言しかありません。過去に同テーマをシミュレーションしたウォーゲームも存在したとは思いますが、浅学である小生は知らずにおります。

観察・適応 [Observe/Orient] 

 観察「Observe」・適応「Orient]・決定「Decide」・行動「Act」、人は生きていく上で様々な判断を下しそれぞれの人間関係や経営活動を営んでいます。この判断に至る認識行為と状況判断の内面性とその結果ともいえる行動という意思の外部への発露を詳細に明確に定義し、研究の俎上に挙げたのは朝鮮戦争で活躍した米軍のパイロットでした。恐らく皆さまもご存知のお話なのでここでは割愛致しますが、このOODAループと称されるシステムは現在では広く認知され、会社の経営判断などでも活用・研究されています。そして当然ながらOODAループは軍事関係者にとりわけ影響を与えている知見となり現在に至っています。

 基本は戦闘機パイロットの撃墜率や生還率を高める為の軍事研究でしたが、次第に軍事組織の指揮システムに基礎アイデアが転用されて行きます。つまり命令伝達の効率化と伝達速度の向上化、「ループを敵対勢力より早く回すことで命令伝達効率を上げ、軍事行動を敵よりも先んじて行うことでアドバンテージを得る」という非常に具体的な軍事組織の指揮系統への要求は、ドイツ軍の指揮系統が持つスタイル「委任戦術」を研究モデルにすることで研究・発展を促し、アメリカや各資本主義諸国の軍事ドクトリンのグレードアップに貢献することになるのです。序章で述べましたが、委任戦術を軍事ドクトリンに照らし合わせ擦り合わせた指針がOODAループの四つのそれぞれのパーツに寄り添って解体され、再構築されて行きます。軍事的に素早く、何を観察し、どのように適応し、作戦や戦術の決定に至るか。それらは的確な行動によって結果を齎します。

 命令を受けた師団長がまた師団長クラスの詳細なドクトリンにより早急に的確な対応を促す行動を起こし下部組織に命令を発します。佐官や尉官さらには下士官にまで、各指揮官レベルの各々のOODAループを可能な限り早く回す為の詳細なプログラミング作業が軍事ドクトリンであり、併せて各士官レベルの裁量権の自由度を高め、戦場の状況に応じ臨機応変に対応をさせる命令系統が委任戦術と言えるものではないでしょうか。詳細な命令を事前に用意しておく、と各レベルの指揮官にある程度の自由裁量権を付与する、事は一見矛盾するようにも見えますが、ある一定レベルの指揮能力を有する指揮官がその任につけば、現状に即応できる最適解をドクトリンに沿いながら見つけ出すことが可能なシステムなのでしょう。

 このように説明をするとOODAループが先に現れ委任戦術が後に現れたように感じますが、現実には委任戦術が先発である事が面白いところです。

Chit Pull activation system

PANZER BATTLESにて用意されたチット。両陣営は各自軍フェイズにくじ引きのようにチットを引き、指定された部隊が活動可能となる。

 両陣営には「チット」と呼ばれる上記画像のマーカーが用意されており、各ターン内でそれぞれのカップに入れたチットを一枚ずつ交互に引いて行きます、引き当てたチットに指定された部隊のみが活性化●●●し “ 移動・戦闘 ” が行えるわけです。指定されていない部隊は防御以外の作戦行動が一切不可能である為に盤上では活性化部隊があたかも時間の停止した戦場を縦横無尽に駆け巡るような錯覚に陥ります。

 デザイナーズノートにも「委任戦術のシミュレーションとしてチットシステムを用いた」、との記述から私はOODAループに秀でた部隊のチットが他の部隊を動かすチットよりも多めに入っていて、その高回転率により相対的に戦況のコントロールを行なえるようなシミュレーションなのかな?と朧気に考えていました。

 すなわち、ドイツ軍第11装甲師団チットの枚数がソビエト軍機械化部隊より多めに入っている、と思い込んでいたのですが……上記画像のソビエト軍チット(赤い★)をご確認下さるとお分かりいただけると思います。「All Units」チットは全ての部隊を動かせるチットであり、このチットの為にソ連軍は、機械化部隊は都合3回、歩兵部隊は都合2回の活性化(移動・戦闘)が可能なのです。ドイツ装甲師団と正面からぶつかり合うソ連軍機械化部隊は回転率においてハンデは無いに等しく、ソ連歩兵部隊はドイツ軍歩兵部隊の倍も稼働率が高いのです。明らかにチットシステムによる優位性はソ連軍に軍配が挙がります。ですが、小生のソロプレイによる体感は違うものでした。チットシステムによる恩恵をドイツ軍第11装甲師団は十全に受けており マップ上を縦横無尽に駆けて戦線の穴を塞いでゆくのです。

「何故?どうしてチットシステムは機能しているのか?」

 この疑問が生まれた瞬間から小生にとって「PBS」は特別で「一目置く」ゲームへと昇華してゆきました。以下、考察記事では戦闘序列・戦闘結果表を分析しながらゲームデザイナーのシステム構築意図を少しでも紐解ければ、と考えています。

 感謝と謝辞。このブログ記事は小生程度の理解の範疇での分析であり、ゲーム熟練者・及び先達の方々には噴飯物のブログ記事ではあると思いますが、ウォーゲームの一つの楽しみ方として 笑ってお許し下さればと願っております。尚、考察記事を書くにあたり「PANZER BATTLES」の日本販売・及び日本語訳ルールブックの提供元であるサンセットゲームズ様にグラフィックアート掲載の許諾を頂く等のご協力を賜っております。

Order of Battle

 このシミュレーションゲームの描く物語は以下のようなものです。

 諸々の歴史的状況は省きますが、ソビエト軍はレニングラードの南西に位置するチル側流域からドイツ軍の橋頭保を奪取し、失地回復のため攻勢をかけてきます。ドイツ軍野戦空軍や守備隊。第336歩兵師団の戦線は抵抗空しく至る所で寸断され突破されて行くのですが、第11装甲師団の懸命な機動防御によりかろうじて命脈を保ちます。それはまるで 今にも裂けてボロボロになりそうな布を第11装甲師団という針と糸で必至になって縫い留めている、ともいえる状況です。

 ゲームデザイナーはチットシステムを中心に据え、どのようなパワーバランスとCRTによる制御をかけ、このチル側流域のドイツ軍第11装甲師団の活躍をマップ上に再現したのでしょうか。それを知る為にまず、戦闘序列と両軍双方の戦力値を考察したいと思います。

 この章では戦闘序列より算出した両軍のパワーバランスを見ていくことにしましょう。

 尚、この記事ではキャンペーンシナリオ(Scinario2.1)の戦闘序列を基準にして作成した集計表に基づいて考察を致します事と、砲兵部隊に関しては別章を設けて考察致しますので、集計表の数値には砲兵部隊数は含まれておりません。ご承知おきください。

ドイツ軍攻防値集計表。表後部3列は全部隊ステップロスを仮定しての数値。
ソ連軍攻防値集計表。説明はドイツ軍と同じ。

 表の作成の度に感じる事ですが、小生は集計表作成のセンスがあまり御座いません(苦笑)。

  上記集計表は各師団や戦車軍毎の攻防値集計とその平均値を算出した表になります。まずは最下部のAll Totalをご覧ください。部隊数・攻撃値・防御値ともにソ連軍がドイツ軍を上回っています。特徴として両軍ともに平均防御値が攻撃値より高いのが目立ちます。少し詳細に数値を追うと、特に機械化部隊よりも歩兵部隊の防御値が群を抜いて高く、ソ連軍は自軍攻撃値との比較の約2倍程度の防御値をもち、さらにドイツ軍は3倍近い防御値を持つほどです。

 この防御値の高さの理由は二つある、と小生は考えました。

 一つは機械化部隊より歩兵部隊の汎用性(抗堪性)が高いことによる数値の高さです。基本的に防禦値は攻撃値より高く設定されます。当然ながら攻撃も防禦も人間が行うものなのですが、戦車や装甲車などの攻撃に突出した威力を発揮する兵器は高価であり、戦場という過酷な状況での運用により破損や故障は日常茶飯事……そのような装備を主にする機械化部隊が歩兵を主とした部隊より防禦値が低いのは理解できるような気がします。

*汎用性(抗堪性)については「PANZER BATTLES考察4最終回」にて章を設け考察しています。参照・「付録の章 PANZER BATTLES / Design of Survivabillity

 そして、二つ目は、The Gamersの戦闘比算出の方式による数値修正。

 The Gamers のデザイナーは戦闘比算出に関して従来の防御側の剰余数は必ず繰り上げる、という慣習に異を唱えました。

 端数を残したまま地形や補給等の修正値を全て加味した状態で敵味方の戦力値を比較し、剰余数は攻防の別なく四捨五入を行う方式は斬新であり、小生も一人のウォーゲーマーとしてその発想に新鮮さを覚えました。

 このシステムをゲームに取り入れるに際し、ゲームバランスの調整の為に防御値のインフレーションが起きたのではないか?と想像しています。この戦闘比算出方法は従来のシステムよりも攻撃側に有利に働きます。特にルールが理解しやすい難易度の優しいゲームは全体的に作品の抽象度が増す為、攻防値も同様に抽象性が高くなり易く、ゲームバランスの調整、という観点から見ても防禦値を高めに設定する作業が最もコスト的に優しい気がしています。The Gamersの作品群の中でSCSは理解しやすい難易度のゲームを標榜としていますから、同作品群の「PBS」も同じ理由から防御値の高騰を招いているのではないでしょうか。全て勝手な想像ではありますが、有り得なくもないと思います。

 では基礎集計を元に単一ターンのチットシステムによる数値変動を累積表の形で作成してみましたのでご覧ください。

基礎集計の1steploss部分は省略。防禦値は活性化数の乗算はせずに基礎集計のまま。
説明は右・上に同じ。

 部隊数と攻撃値は活性化数による乗算を行った数値を表記しました。単一ターンの総攻撃値、との意味です。オレンジに色分けした防禦値は基礎集計の防禦値をそのまま記載しています。防禦値を基礎集計のままにした理由は、活性化したユニットは移動による位置エネルギーの変化と戦闘における攻撃値の行使のみが可能で、意図的な防禦値の使用が不可能であることです。ですので防禦値の活性化数による乗算は意味を成さない、と判断しました。

 皆さんはこのチット累積集計表をどのようにご覧になるでしょうか。基本的には基礎集計表と変わらずソ連軍の数的・攻撃値的優位は揺らぎません。乗算で導き出された部隊数は単一ターンの稼動ユニット数と捉えても良いと思います。部隊稼動数の違いは100ユニット。さらに攻撃値はドイツ軍の総攻撃値の五割増しです。この戦力の違いは戦線の維持に尽力するドイツ軍にいくつもの問題を引き起こす事になります。ドイツ軍にとっての救いは、ソ連第一戦車軍(1ターン登場)と第五機械化師団(4ターン登場)のマップ登場ターンが違うことです。分散されたソ連軍主力部隊をどのように叩くか? 戦史通りなのでしょうが戦線の至る所に綻びが生じ、大小様々なソ連軍部隊の適度な突破がなされる展開をゲームで体感するとゲームデザイナーの手腕に感嘆の溜息が自然と零れる程です。

 チル川全域で起きる様々な突破にドイツ軍第11装甲師団はすべからく対処しなければなりませんが、燃え上る火種を完全に鎮火させるだけの戦力は無く、さらに守備隊や336歩兵師団と同化して戦線の構成部隊になってしまうならば高回転率を頼みとする第11装甲師団の利点は消え、チル川の橋頭保はソ連軍に呑み込まれてしまうでしょう。

マップ全図。「第1ターン戦況図」(マップはクリックで拡大可能です。)

 ゲームは占領ポイント数(黄色い○中にアルファベットがある地点。各1点)を競います。

 左上部から右に弧を描きながら下がる黒いラインがチル川。スカイブルーのラインがドイツ軍戦線。

 赤い矢印はソ連軍。青矢印がドイツ軍第11装甲師団。

 ドイツ軍戦線の全域に攻勢をかけたソ連軍は中央やや南西方面にソ連軍第1戦車軍が突破、その勢いに乗じ第79集団農場(黄○D)を奪取するために南下、かの地においてドイツ軍第11装甲師団の機動防禦が始まります。

 

 総戦力で後れをとるドイツ軍に活路は拓かれるのでしょうか? 

紙数が尽きました。

次章は砲兵部隊から見る「PANZER BATTLES」を考察します。

最後までお読み頂き、有難うございました。

PANZER BATTLES 考察2 / System of OODA Loop [Decide]

決断/Artillery duel & Combat Result Table に続く。

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