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【銀剣のステラナイツ】この出会いにゴールデン・ドーンを【小説風プレイログ】♯1

・はじめに・
 これは、一人でプレイしたステラナイツのログを、小説風にまとめたプレイログです。
公式サプリメント『星屑のリヴラガーデン』を使用し、『紫弾のオルトリヴート』というワールドセッティングで遊んでいます。
・ブーケについて・
 GM/PL含め一人きりなので、デュエット形式の「戦闘ではブーケを無限個所持していて、通常通り使用できる」というルールを採用しています。フラワースタンドは存在しません。閲覧数やコメントが後投げブーケとします。
・画像について・
 使用している画像はすべてぴくるーのメーカーやフリー素材、配布されているものをお借りしています。
 記事の最後に、作者様やメーカー様のURLをまとめて掲載しています。
・キャラクターシート・
 キャラシ管理には『キャラクターシート倉庫』さんを利用しています。
 第一章のペア画像にそれぞれのキャラシURLを埋めてあるので、クリックしていただくと詳細を確認できます。

前章
一月前 都市捜査機構アンサング・ヤード 地下二階 窓の無い部屋

「初めまして。聴取の担当を代わりました、都市捜査官トシソウサカンのフジです」
 濃い栗色の髪を後ろでまっすぐに結んだ、若い女性が軽く頭を下げる。
「ふ、ふじ…さん?」
「うん。植物の、藤棚のフジ。よろしくおねがいします」
 安っぽいステンレスの机を挟んで、彼女は真向かいの椅子に座る。
「それではさっそく、君の証言をまとめた資料を読み上げます。訂正や補足があればお話ください」

 名前は瓶覗萌葱カメノゾキ モエギ。年齢20歳、男性。
 職業はアンサングヤードの現場作業員。
 ――四日前、市街で都市捜査官とブライトの戦闘が発生。瓶覗萌葱は、その事後処理を行う作業員の一人として、業務にあたっていた。
 そのとき萌葱は、夜空に向かって神秘的な薄緑の光が登っていくのを目の当たりにした。
 あまりに現実離れした出来事に”ラストヴライトの光”かもしれない、とひとしきり話が弾んだ。

 萌葱モエギは、はい、とただ頷いて彼女の話の続きを促した。
「しかしその翌日、同僚はその出来事をまるっきり忘れてしまっていた。空に見えた神秘的な光も、君と同じ話題で盛り上がったことも」
「そうです。皆、何も覚えていなかったんです。…いや違うか。僕と話したこと自体は覚えてるんですけど、なぜか全く違う話題にすり替わっていて。何かがおかしいと思って話を聞いて回っていたら、僕の方が怪しまれてヤードに通報されてしまいました……」
 昨夜の八時から、もう何時間も相手を変えて同じ話をしている。はじめの頃に感じていた緊張も、今はあまりない。ただただ、萌葱は混乱していたし戸惑っていた。
「瓶覗さん、落ち着いて聞いてください。今まで、ラストヴライトの存在をはっきり認識・記憶出来た人間は存在しません。誰も存在を証明出来ない、UFOのようなものなんです」
「え、それって、どういう意味ですか?」
「今からお聞かせするカセットは、アンサングヤードが極秘裏に保管している証言記録です。どうぞ」
 藤は、レコーダーにカセットを入れ、再生ボタンを押した。

 しばらく無音が続いた後、音声らしきモノが流れ始めた。
 しかし、音飛びとノイズが激しく、二人の人物がしゃべっていること以外、言葉はなにも聞き取れなかった。
『――……何を話していたんだったか。え?ラストヴライト?ああ、そんなのを信じていた時期もあったか。もう昔の話だよ』
 後半、音声は急に明瞭さを取り戻し、愁いを帯びた男の声を最後に、記録は終了した。

「これは、ラストヴライトを見送った男の証言記録、”らしきもの”です。テープ自体の損傷が激しく、もはやなんの証言記録だったのか確かめることはできません」
 カセットのケースには損傷がなく、保存状態が悪いようには見えなかった。それでも、テープの音声は前述の通りだ。何か人知の及ばない理由があるのかもしれない。
「このように、本来ラストヴライトとは、人の記憶や記録に残せないモノ。しかし君は、はっきり視認し、四日経った今でもきちんと証言できている。これは、この階層が崩壊してから類を見ない出来事です。ヤード側も、君をどう扱うべきか、判断を迷っています」
「あの…僕、もしかして何か都合が悪いことしちゃったんですかね?だったら、忘れたことにするんで、命だけは……」
 どうかお願いします、と手を合わせる。瓶覗萌葱カメノゾキモエギは、ただ死にたくなかった。
「それは君の選択次第かな。……まず二つの選択肢があります」

 藤は、足下の鞄から、ペットボトルを二つ取り出した。どちらも未開封の水と、お茶だった。
「一つ目は、危険分子として凍結牢トウケツロウ行き」
 言いながら、水のペットボトルの頭をぽんと指でたたく。
「これは実質的な死だね。ここでなにか少しでも異変が起こった場合、大勢のブリンガーが冷凍管理されている容疑者もろとも、君を抹殺することになるでしょう」
 二つ目は、と言いながら今度は、お茶のペットボトルの頭を指でたたく。
「研究対象としてラボ行き。――…これは、ヤードのためのモルモットだ。ラボでは、かつてこの世に存在したステラナイトというものを研究しています。ラストヴライトに関しても、興味津々な人が多いとか。これからの一生を彼らの観察対象として過ごす事が出来ます」
 ”出来ます”というお茶目な言葉に気が抜けつつ、頬が引きつるのを感じる。
「えっと…藤さん、もっとマシなのは無いでしょうか?」
「今上げた二つは、保守派の年寄り達が押してる案です。この階層が崩壊してから七年、彼らは疑わしいモノを排除することで、現状を維持してきた」
 三つ目。
 藤は言いながら、足下に置いた鞄から、もう一つペットボトルを取り出して、先のものと同じように並べた。これはアイスミルクティだった。

「君をブリンガーとして雇い、私の監視下におく」

 ぽん、とこれもボトルの頭をたたく。
「これは、私が出した代替案で、ヤードの署長からも支持を得ています。ただし、君が何か少しでも問題を起こせば、私の管理責任も問われ、貸与タイヨされたフォージは即バーンナウト。二人そろって凍結牢トウケツロウ行き、ということもあり得るでしょう」
「全部忘れたことにして、普通の生活に戻るって選択肢は…?」
「ごめんね。本当に申し訳ないけど、話はもうその段階じゃないんだよ」
 どうしてこんなことに……。
 萌葱は、ため息をついて頭を抱えた。
 一昨日、何かおかしいと思った時点で、自分の記憶違い、ということにしておけばよかった。
 自分の好奇心を恨みながら、目の前に出された三本のペットボトルを眺めた。
 瓶覗萌葱は死にたくないし、人道的な扱いを希望している。
(……こんなの、実質一択じゃないか…)

「……――ブリンガーに、なります」

「君に複雑な趣味がなくてよかったよ。改めてようこそ、アンサング・ヤードの暗部へ」
 藤はそう言いながら、アイスミルクティのボトルを差し出した。
「そんな風に歓迎されるの、ちょっとヤダな。だいたい、ブリンガーってそんなに簡単になれるものなんですか?」
 受け取って一口飲む。
 自販機で売っている普通のミルクティだ。今しがた、運命の選択を迫られたことを思うと、生を実感して少しおいしいような気もしてくるから、不思議だ。
「なること自体は簡単です。何の資格も条件も無いからね。ただ、やっていけるかどうかは、また別の話なんだけど」
 藤は、ほかにもいくつかの証言を確認して、調書に何かを書き込んだ。やがて彼女は手荷物を片付けて席を立った。

「昨夜八時の任意同行から、合計で16時間の勾留。休憩を挟んだとはいえ、長時間の拘束でしたね。瓶覗萌葱さん、大変ご苦労様でした」
「僕、やっと家に帰れるんですね……」
「帰れるよ。今から私が持ってくる契約書にサインしてくれたらね」
 彼女はにっこりと笑ってそう言った。
「ばっくれられたら困りますから。――…あ、それから。今日あなたが話したこと、主にラストヴライトの存在については、あまり他言しないようにお願いします」
 このとき瓶覗萌葱は、もしかしたら自分は選択を間違ったのかもしれないと思った。そもそも、どれが正しいかもわからない。
 今はただ、自分が選んだアイスミルクティが毒入りでないことばかりを祈っている。
シーンカット

 ここはシティ・アンサング。
 終焉の獣ロアテラに敗れ、二人の女神に見捨てられた街。
 緩やかに終わりを迎えつつある街。
 それでも人々は、今日を生きるため、一分一秒でも永く呼吸をするため、戦うことを選んだ。

銀剣のステラナイツ
 『紫弾のオルトリヴート』

 ――ようこそ、夜明けの無い街へ

第一章 藤&ダリア
藤のアパート 人工太陽・東から二十度 午前七時

 携帯のアラームを止めて、ぼんやりしたままベッドから身を起こす。
 半ば手探りで机の上を撫でてペンを取り、カレンダーの今日の日付に×印を入れる。
 きゅ、とマジックのペン先が鳴る。
 毎朝お決まりの、慣れた動作。今描いた印とは別に、『略式執行バーンナウト』と書き込まれているのを確認して、顔を洗いに行く。
 今年もこの日が来た。
「紫、おはようございます」
 朝食の準備をしていたダリアが、キッチンから顔を覗かせて、屈託のない笑顔で挨拶する。
「……なんで笑ってるの?」
「今日が最後だから。どうですか?私はまだ上手く笑えているでしょ?」
「わからない。どうだったかな、去年初めて会ったときは。――顔洗ってくるね」
 ダリアは、少し豪華な洋風の朝食をテーブルにならべると、藤と一緒に席に着きテレビをつけた。
「映画みたいな朝ね」
「……ダリアが洋画に憧れて、いろんな料理を練習してたんだよ。忘れちゃった?」
「そうだったかしら」

「――今朝、ダリアの笑顔を見て、去年、初めて会ったときの事を思い出してた。もうこの仕事長いから、慣れたはずなのに、未だに一番最初は思っちゃうんだ。”一年もある”って。毎年この日になってから、一年てこんなに短かったっけなんて思ったりして。朝起きるとき、ベッドの中で、どうやったら今日を長引かせられるかばっかり考えてた」
「紫。フォージってね、どこまで行っても過去の生き物なの。だから私たちは、元いた場所に帰るだけ」
「……もう少し弱音を吐いてもいい?朝食の間だけだから」
「ええどうぞ。貴方の時間の許す限り、ゆっくり食べて」
 ダリアはくすくすと笑いながら気前よくうなずいてくれた。
「昔ね、割と本気でラストヴライトを信じていたことがあるんだ。魂の輝きを束ねて、願いを叶えるブリンガーとシースの物語を。…でも、だんだん疲れてきて、なんだかもう私は、今を守ることで精一杯なんだ。――中途半端でごめんね」
 藤が心のままに言葉にすると、ダリアがなぜか少し驚いたように目を見開いた。
「紫のこと、もっと大人の女性だと思ってた。思ったより、普通なのね。普通に悲しくて、普通に夢を見て、普通に弱音も吐くし……普通に、カップラーメンとかも食べる。普通の、人なのね。私、それを知れてよかった」
「ちょっとまって、私のことをなんだと思ってたの?」
「ふふ、トイレ行かないアイドル?」
「行くよ。アイドルだってトイレ行く」

 くだらない事でくすくすと笑い合いながら朝食を終え、仕事用のジャケットに袖を通した。
「よし、切り替えていこう」
 途端に表情が硬くなり、仕事人としての藤が顔を覗かせる。
「はい。私は最後まで、あなたと一緒に行きます」
 もはや何度目かの『最後の一日』が始まった。
シーンカット

第一章 萌葱&ゼニス
都市捜査機構アンサングヤード 地上二階 人工太陽・東から五十度 午前十時

 この一月の間、瓶覗萌葱は研修という名のトレーニングを受けていた。
 腹筋背筋腕立て伏せは当たり前として、毎日へろへろにまるまで街を走らされた。そしてようやくこの日、アンサング・ヤードからフォージを”貸し出さ”れる。

 小さな会議室の扉を軽くノックしてから部屋に入る。
「失礼します」
 部屋には、一人の少女がいた。
 萌葱よりも小柄で、ずっと幼く見えた。彼女は窓の側に立って、外の景色を眺めていた。
 萌葱が入って来たことに気がついて振り返る。柔らかい質感の金髪が、ふわりと揺れた。
「……はじめまして。き、君が、僕のフォージ?」
 その立ち姿に息をのんだ。まるでお伽噺に登場する妖精のようで、どこか現実離れした美しさがあった。
「……」
 少女は黙ったまま、肩に掛けた鞄の中を探ると、名刺大の紙を何枚か取り出し、そのまま文章を読み上げはじめた。
「…『はじめまして、私の名前はゼニス。あなたのフォージです』」
 手元の紙束をくり、萌葱とは目を合わせないまま無表情で続ける。
「『これから一年――あるいはフラグメントバレットが尽きるまで、あなたと供にこの街を守ります』…『私たちフォージは、生きた人間のように見えますが、全く違う存在です。すでに亡くなっている人々の魂の残滓から作られた転生体、亡霊のようなもの。生きている人間のために戦って死ぬことが、私たちの役目です』」
「あ……」
 萌葱は言葉を失った。
 自分より年下の女の子が、戦って死ぬことが役目、だなんて。いきなりそんなことを言われても、実感として受け入れるのは時間がかかりそうだ。
「『他に質問が無ければ、五枚目の用紙を読み上げる』……なにか質問はありますか?」
 少女はその時、初めて顔を上げた。
「いや…えっと……僕の名前は瓶覗萌葱。君のことはゼニス…ちゃん?さん?……なんて呼べばいいかな」
「? 呼び捨てで構いません。名称にそれ以上の意味はありませんから」
「そっか…」
 勝手に眉が下がって困った顏になる。フォージのゼニスはそれも構わない。ただ黙ってじっとこちらを見ている。指示を待つロボットみたいに。
(街でブリンガーと歩いているフォージは、もっと感情が豊かだった気がしたけど。最初はこんなものなのかな……?)
「他に何か質問はありますか? 無ければ……『これからよろしくお願いします』『右手を差し出して握手をする』…」
ゼニスは最後にもう一度紙を読み上げると、書いてあったであろう文章通り、軽く右手を差し出した。
「う、うん…よろしく……」
 心の中で、長くて一年、と唱えながら、握手に応じる。
「……握手。これが握手なのですね。あなたの手は少し汗ばんでいて、脈も速いようです。緊張しています」
 汗ばんでいる、と言われ慌てて手を放した。
 ゼニスは相変わらず無表情だったが、未知に触れた驚きのようなモノが、声から感じられた。
「あ、はは…そうかも。一月前、血液アンプルを装置にセットしたときは、ぜんぜん実感がわかなかったんだ。でも、いざフォージと会うと、ブリンガーになったんだ、って気がする…」
「今日はこの後、あなたとこのまま見回りにでることになっています。すぐに出発しますか?」
「見回り…ああ、藤さんに指示のメモをもらったはず。……ショッピングモールを中心に周囲を歩いて、おかしな事があったらすぐに連絡するよう書いてある。行こうか」
「ショッピングモール、またはショッピングセンター。大型の商業施設。中には様々な店舗が存在する。小売店舗や飲食店、美容院、旅行代理店など、サービス業の店舗が多く――…」
 ゼニスが、突然早口でネット百科事典のような文章を読み上げた。
「うん、ショッピングモールぐらい知ってるよ?急にどうしたの?」
「……外に出るのは初めてなので、緊張…しています。緊張……この走り出したくなるような気持ちは…緊張、です」
 驚いて訪ねると、その硬い表情に似つかわしくない、微笑ましい反応が返ってきた。おもわず頬が緩む。
「それって、わくわくしてるんじゃない?楽しみ、っていうところじゃないかな」
「楽しみ…。では訂正します。――……ショッピングモールがどういう場所か、知識では知っていますが、実際に行くのは初めてなので、”たのしみ”です」
「あはは。君って、思ったより人間味があるんだね。ほっとしたよ」
「? …よくわかりませんが、よろしくお願いします」
 瓶覗萌葱は、金髪碧眼の少女をつれて、街へ歩き出した。
シーンカット

第一章 椋実ムクノミ&メグ
ショッピングモールから近い裏通り 黒いミニバン 人工太陽・東から七十度 午前十二時

「ムッくーん、ただいまー!!!」
 買い物袋をさげた一人の少女が、元気よく言いながらミニバンの助手席側の扉を開ける。
「近くのショッピングモールまで行ったから時間かかっちゃった。てへっ☆メグが恋しかったー?さ、お昼にしよー」
「張り込み中だってのに声がでけぇな。早く入れ」
 運転席に座った男が、あきれた様子でため息をつく。
「もー、ムッくんたらツンデレなんだからっ!ほんとは、メグが居なくて寂しかったんでしょ」
 少女――メグは助手席に座ると、男の頬をつついた。
「…………。いや別に」
 視線を目の前の廃ビルに向けたまま男――椋実鼠ムクノミ ネズミがそっけなく答える。
「うわ、なにその間。けっこう真面目に考えて答え出したやつじゃん。マジに傷つくんですけど」
「それで、何買ってきたんだよ」
 椋実の言葉にメグが早速、袋を開ける。
「えっとまずはね。……地中海料理のお店で、パエリアのお持ち帰りセットを買ってきた!みて、美味しそうでしょ?」
「おう、美味そうじゃん。…でも俺、コンビニのおにぎりでいい、って言わなかったか?」
「あとね、あとね。じゃじゃーん、生春巻き!サーモンと生ハムとエビとアボカド!四種類一つずつあるから、一緒にたべよー」
「聞いてないっスね」
 袋から出てくるのは、都会の公園でピクニックでもするようなランチラインナップ。
「最後にね、すごいよ!デザートまであるの!じゃーん、卵プリンでーす!」
「……メグさ、俺たちピクニックしてんじゃねんだよな」
 椋実の冷めた言葉に、メグが一瞬固まる。
「わ、わかってるよ!別にさ!好きな人とドライブピクニックとか、…全然!お、おお、思ってないし!!」
「全然思ってんなぁ!浮かれてんじゃねぇよ、この恋愛脳!」
「むぅ…」
 メグは肩を落として唇をとがらせたが、買い物袋をあさりながら、何か思いついたような表情で、ぱっと顔を上げた。
「えへへっ。やだー、箸一つしか入ってないじゃーん(棒)」
「袋に二つ入ってんの見えてますけど」
「あーんしてあげるね!」
「それは要らんて。箸はよ」
「くっ…。ガードが堅い!」
 メグは自分のブリンガーである椋実鼠のことが大好きだったが、彼のガードはなかなかに堅かった。いつかその唇を奪ってやる、と心に誓っている。

「……メグ、今好きな人と車の中でご飯食べてる。幸せ…」
 二人並んでパエリアと生春巻きを食べる。
「いちいち口に出すところが、妙にこう…安っぽいんだよな。要は誰でもいんだろ」
「よくなーい!メグはムッくんに初めて会ったときから、ぞっこんなのです!そりゃもう、くびったけよ!そう、言うなれば二人の出会いは…運命ディスティニー、ってヤツですかね?」
 椋実はしらけた顔のまま、メグの言葉を鼻で笑った。
「運命、ね…」
「あー、またそういう顔する!メグはこんなに大好きなのに!メグは、何があろうと、永遠に!椋実鼠のこと、愛してるよ!!」
「出会って二週間もたたん相手に言われても、絶妙に響かんのよ」
「もぉー、メグ本気だからね?――…ところで、メグが買い物してる間、何かあった?」
 都市捜査官とそのフォージは、昼食を食べてる間も、廃ビルから意識を外していない。
「なにも。…このビルじゃないのかもなぁ」
「モールの反対側にも、条件に合致するビルがあるけど、あっちは蘇芳スオウパイセンが張ってるんだよね」
「ん。……場所変えてもう少し粘るかね」
 パエリアのプラごみをビニール袋に片付け、生春巻きを口に入れながらハンドルを握る。
「わっ、もう食べたの?!はやっ!」
「お前はまだ食べてて良い」
 方向を変え、ミニバンが走り出す。
「……なんか今のセリフ、きゅんてしちゃった。キスしてい?」
「ダメ」
 ブリンガーとフォージを乗せた黒い車は、角を曲がって見えなくなった。
シーンカット

第一章 蘇芳スオウ&アザレ
ショッピングモールからほど近い空き地 人工太陽・西から八五度 午後一時過ぎ

「…ハズレだな」
 空き地の隅。赤いスポーツバイクに寄りかかって赤毛の男――蘇芳臙脂スオウ エンジがつぶやいた。
「どうしてそう思うんだ、蘇芳」
 言葉に応えたのは、彼の横に座る少年。明るい色の髪と、整った目鼻立ち。美少年と言っても過言ではないだろう。
「あまりにも動きがなさ過ぎる。――アザレ、腹減ったし俺たちも何か食べに行こうぜ」
「確証がないまま持ち場を離れるのは気が引ける。しかも、それってアンタのカンじゃないか」
 蘇芳が屈託なくにかっと笑うのと反対に美少年――アザレは気が乗らないようだった。
「あー、じゃあいいぜ。最後にあのビルに入ってみるのはどうだ?それで異常が無ければいいんだろ」
「俺たち二人だけで突入するのか?正気か?危険すぎる」
「危険は無いだろ、どうせ誰もいないんだし。誰かいたとしても、どっちみち不法侵入なんだから、その場で確保すればいい」
 蘇芳は言うが早いか、ペンライトとスマホだけ持って、向かいの廃ビルへ足を向けた。
「……問題になら無きゃいいけど」
 しぶしぶと美少年もその背中を追いかける。

 現在追っている容疑者ヨウギシャの潜伏場所には、いくつかパターンがある。
 繁華街に近い割に人通りが少なく、治安の悪いグループがよくうろついている場所。廃屋や使われていないビルであると望ましい。そしてなにより、鍵がかかっていないこと。
 廃ビルは三階建てで、正面玄関に鍵はかかっていなかった。
「鍵かかってないのか?……なんでこんなに不用心なんだ」
「壊れてるんだ。裏の窓もいくつか割れてる。……ここがこんなに廃れた理由の一つは、ビル自体の修繕費が出せなかったことだな」
 建物の中は薄暗かった。窓は多いが、立地の関係で日当たりがあまりよくない。埃がうっすらと目の前を漂っている。
 壊された壁や、下品な落書きなど、不良集団が出入りしていたことがうかがえる。
「……でも、思ったよりきれいだ」
 アザレの言葉に、一瞬虚を突かれたように蘇芳が黙った。その後、彼は大きな声で笑い出した。
「あははははっ!そうか、そういうことか」
「な、なんだよ?」
 戸惑うアザレに、蘇芳はスマホの画面を何度かスワイプしてからそれを見せた。
 それはこのビルに関する資料で、近々取り壊しが決まって、地域住民にも詳細が勧告カンコクされた、と書いてある。
「は?これが?なんなんだ?」
「つまり、現在まれに業者が出入りしてるんだ、このビルには。悪い奴らっていうのはなぜか、真っ当な人間が出入りする場所には寄りつかない。だからここはハズレだったんだ」
「そんなことで……」
 肩透かしを食らって力が抜ける。
「知ってたのか?」
「いや、忘れてた。おまえの言葉を聞いて思い出したよ」
(まったく…このブリンガーは。鈍いんだか鋭いんだか……)
 蘇芳は、あーおかしい、とまだ笑いながら、入ってきた玄関へ戻った。
「実際誰もいなかったし、ここはもういいだろ。飯にしよう!」
「何を食べに行くんだ?」
「え、知らん。歩きながら決める」
 蘇芳のけろっとした表情。
 アザレは蘇芳が少しうらやましい。道なき道が自分の道、と言わんばかりのライブ感で生きてるところが。
「リクエストは受付中だ!」
「ふ、ふふっ……」
シーンカット

・琥珀色・
情に流されやすい者、他者を見捨てられない者であることが多い。
神話、幻惑、酩酊、歓喜、そして懸命なる献身を表す色。
己の力の全てを捧げ、他者を救う者。
・アザミ・
拒絶と孤立を象徴する花。
他者を拒絶する者、あるいは自ら孤立を選ぶ者。
誇り高き独立心を持つ者か、誰からも触れられないことを望む孤独な者が多い。

間奏
 七年前のあの日、私は全てを失った。
 住んでいた家、家族、友達、恋人…。
 それでも世界は回っていて、私は生きている。
 生きていくためには食べないといけなくて、食べていくにはお金が必要で、むなしさを抱えた心だけを置き去りに、私の身体はなんとか以前と同じような暮らしを取り戻そうとした。

 初めてブライトニングを使ったのは、一年前。

 気分を落ち着かせて睡眠の質を高める薬だと聞いたし、普通の薬のようにお店に売っていたから、違法なものだとは思わなかった。
 その薬を服用すると、昼間なのに目覚めながら夢を見ているような感覚を味わえた。その夢の中には、家族や友達が居て、私を愛してくれる人たちが居た。
 何年もの間からっぽだった心が、初めて満たされたような気がした。
 初期の頃は何日かに一度だけ服用した。それだけでよかった。
 だけど現実へ引き戻されるたび、私の心は抜け殻のようになっていく。そのむなしさを埋めたくて、だんだん薬の服用量が増えていった。
 常に私は夢を見ているような感覚で、いつしか仕事もままならなくなった。
 ブライトニングが無くなったのはそんな時だった。一箱目が売っていた薬局にいったけれど、もう棚に並んでいなかった。

 あの薬はどこ?他にはないの?どこから下ろしていたの?

 薬局の店員も薬剤師も、元々そんなモノは置いていない、と言った。
 嘘だと思った。
 彼らは、私を白い目で見た。まるで、頭のおかしい哀れな女みたいに。
 ……後から考えれば、おかしかったのは私の方だったのだ。

 私はただ、もう一度あの夢が見たくて。私の全てが存在したあの夢が見たくて、死に物狂いで同じ薬を探した。

 またあの素晴らしい夢を見られるのなら、今住んでいる家を追い出されようと、安いものだ。愛してくれる人が居ないのだから、この身の貞操だってもういらない。

 いつしか私は、治安の悪いグループを転々としながら、ブライトニングをたかる、気味の悪い女になっていた。
 この頃、私の身体はなんだかおかしい。
 腕の皮膚が乾いて堅くなり、鱗のような質感になって居るのを見て、嫌な気分がした。隠さないと。
 包帯を巻いて、服で隠し、帽子をかぶる。
 誰かがじっと私を見ている気がする……。
 今日の家はどこ?私が眠ってもいいベッドはどこ?
 人目を避けるように廃ビルに転がり込んで、湿った段ボールで暖を取る。
 一晩だけ。
 明日の朝、近くの高架下でまた薬をもらう約束をしてるの。だからここで一晩だけ……。
シーンカット

・紫色・
高貴な生まれや、黒幕の立場であるとされている。
高貴、華麗、優雅、欲求、そして永遠に続く現在を表す色。
その美しい立ち回りはリスクを背負いながらも、味方に勝利をもたらすだろう。
・ゼラニウム・
信頼と尊敬を表す花。
他者に頼られる者、誰かを惹きつける者、何者にも流されぬ者であることが多い。
誰かを強く尊敬する者、尊敬される者、真の友情を抱く者には、ゼラニウムが冠される。

第二章 藤&ダリア
プレハブ住宅が並ぶ寂れた街はずれ 薬局前 人工太陽・東から百十度 午後二時半

「七年前の大災害を覚えてる?」
「もちろん。私はあの時、階層崩壊カイソウホウカイに伴う災害で命を落としたのですから」
 ダリアは愁いを帯びた表情で周囲を見渡した。
 この階層は、七年前に一度崩壊した。ステラバトルに敗北し、崩壊の兆しとして様々な災害に見舞われたのだ。
「ここはね、その時の避難民が生活を立て直すために作られた、プレハブ住宅。間に合わせの長屋みたいなものだけど、なぁなぁでここに居着いちゃう人も多いみたい。今回の容疑者は、半年前までここに住んでた。――ここへは、ブライトニングの入手経路を確認しにきました」
「それにしても、こんな田舎の薬局に売っているとは思えないけれど…?」
「私もそう思う。でも容疑者の部屋から、薬の箱と瓶、レシートが上がってる。周囲の人間の証言から、おそらくこの薬が、彼女のブライト化を促進させたと考えています」
 藤とダリアは、郊外の小さな薬局に入った。
 ドアベルが鳴って、受付の店員が「いらっしゃいませ」と声を掛ける。
 狭い店内だった。入り口からぐるっと見渡しても、おかしな部分はない。
(ちょっと狭いけど、普通の薬局だ…)
 調査のため、ほかの捜査官も何人か立ち寄ったはず。そのときに何も発見できていないということは、今更自分たちが見回ったぐらいで見つかるモノなどないだろう。
「何かお探しですか?」
 カウンターに立つ薬剤師風の男が、声を掛けてくる。
「私は都市捜査官の藤です。少し聞きたい事があるんですが――」
「もしかして…、■■さんの話ですか?彼女は、一年ほど前から様子がおかしかったので、よく覚えています」
 店員はうんざりしたように話し始めた。
 彼女の境遇には同情するが、店に置いていないはずの薬品を『もう一度売ってほしい』と騒がれたときは、さすがに不気味だった、と。

「そのお話、もう少し具体的にお願いできますか? 彼女がここで購入したものについて」
 藤が合図すると、ダリアが鞄から証拠品が映った写真を取り出す。薬箱、瓶、そしてレシート。それぞれを相手から見やすいよう、カウンターに並べる。
「これは……」
 薬剤師風の男は、責任者を呼んできます、と奥へ下がった。少しして、年配の男を連れて戻ってきた。
 年配の男性は、軽く挨拶をしてから、カウンターに並べた写真を観察し始めた。
「……あの女性がどんな証言をしたのか、私たちにはわかりませんが、ここでは決して、このような薬品を扱ってはおりません」
「まだ被疑者確保には至っていません。彼女はいくつかのグループを転々としていて、足取りがつかめないので」
 ダリアが助手らしく補足を入れてくれる。
「売っていないということは、つまり彼女が持っていたこのレシートは、何かの偽造でしょうか?」
「さぁ…。同じ日付のレシートを今探させます」
 薬剤師風の男がレジ横のファイルを開いた。
「あ、ありました。この日付で間違いないはずです」
 店員が提示したレシートには以下の買い物記録が残っている。
 漢方、ビタミン剤、頭痛薬など。変わったものを買ったようには見えない。
「藤、これ。なんだかおかしいわよね…?」
「うん。こっちで押さえてるモノと内容が違う。……――すみません、こちらの資料、分かるように写真を撮らせてもらえないでしょうか?」
 他にもいくつかの話を聞き、二人は薬局を後にした。
「どこかの時点で、レシートが入れ替えられた、と考えるのが妥当かな。ブライトニングで判断力が鈍っているところにつけ込まれて、この薬局で買ったと思わされたのかも……。何にせよ、ブライトニングに関してはヤード全体で取り組むべき問題だね。今回得られた資料を上げるだけ上げて、私たちは現場仕事に専念しましょう」
「……」
「ダリア?」
「あ、ごめんなさい。このあたりの景色、なんだか見覚えがあって。……あの道を行ったところに海があるでしょ?トンネルをくぐって浜辺に出る。少し見に行ってもいいかしら?」
 ダリアが指さす先には、確かに海があった。しかし、彼女の記憶にあるものとは、少し違うかも知れない。
「わかった、行ってみようか。今の海を見て、ダリアががっかりしなければいいけど」

 浅瀬にはたくさんの瓦礫ガレキが流れて、沖には大きな建物が沈んでいる。
 ここの海には、波が無かった。それはまるで、時が止まったよう。海だったはずなのに、大きな池にでもなってしまったようで、もの悲しさが胸を満たした。
 二人は、波のない浜辺をしばらく歩いた。
「……」
「ダリア、二度目の死を前にして、どんな気分?」
「感慨深いわね。一度目は、何の覚悟もないまま、急に死んでしまったから。でも今は、初めから終わりがわかっていたから、あなたとの一年を悔いが無いよう過ごすことが出来た。――少なくとも、今の私はそう思っているわ」
「本当に?本当に悔いが無いっていえる?」
「もちろん、もっと時間があれば、他にもやりたいことは沢山あるのよ。でも、最初に自分の中で決めていた”一年で出来ること”は、もう十分できたと思っているの」
「そっか、よかった……」
(ダリアがそういってくれるなら、…私もそれでよしとしよう)
 潮騒のない海風が、藤の頬をなでていく。
 凪いだ海を眺めていると、藤の携帯電話が着信音を鳴らした。
「なんだろう、椋実くんだ……はい、もしもし?」
『俺っス』
 スピーカーから若い男の声が聞こえる。紛れもなく椋実鼠ムクノミ ネズミの声だ。
「藤です」
『じゃあ要件は手短に。――容疑者確保。進行段階はステージ2の終盤と思われます。それから、彼女にヤク売ってた売人も。ヤードの方にも連絡入れたんで、警官隊が来たら引き渡すことになるでしょう。……一応報告しましたよ』
「了解しました。ステージ2の最後ってことは、いつ3に移行してもおかしくないね。十分気をつけて…――」
 言いかけたところで、スピーカーの向こうで大きな音がした。
『ちょっ、あばれないで!きゃっ…!……ムッくん、星が逃げた!!』
 少し遠くで女の子の声。これは彼のフォージであるメグの声だ。
『あぁ!?おい!――容疑者逃走です。あとでまたかけ直します。――……待てや畜生――――』
 まるで不良ヤンキーのような語彙ゴイを最後に、通話は切られた。
「切れちゃった……大丈夫かな?」
「どうしたの、紫。何か問題?」
「うん、少しね。容疑者逃走だって。――一応、蘇芳さんにも電話をしておこう。何かあったときにバックアップしてくれるでしょう」
 藤は端末を操作して再度耳に当てた。
「もしもし、蘇芳さんですか?」
『はいはい。どうかしたかね、班長さん』
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・黒色・
気が強く、良くも悪くも我を貫く傾向が多い。
願望、欲望、死、夜、そして生き残るための戦いを表す色。
己を害するほどの願いは、強靱な刃となる。
・キキョウ・
永遠の愛と誠実を象徴する花。
何事にも動じない凜とした強さを持つ者や、狂おしいほどの熱情を内に秘めた者だとされる。
生涯のうちただ一人だけを愛し、己のすべてを捧げる。

第二章 椋実&メグ
ショッピングモールから離れた裏通り 高架下 人工太陽・東から百二十五度 午後三時前

「あ、藤さん、俺っス。被疑者確保。進行段階はステージ2の終盤と思われます。それから、彼女に薬売ってた売人も」
 携帯電話を耳に当てて、ちら、と横を見る。制圧した容疑者を、メグが車に乗せようとしているところだ。
 あの後、正午を過ぎたあたりに容疑者と思われる女性が、廃ビルから出てくるのを目撃。そのまま車で尾行し、高架下で薬の売人に会っているところを確保。
 女性のほうは龍化現象リュウカゲンショウが見られ、異様な力強さで抵抗していた。メグが困ったように、どうする?と目で訴えてくる。
 電話の後で代わる、とジェスチャーで伝えて、藤への報告に戻った。
「ヤードの方にも連絡入れたんで、警官隊が来たら引き渡すことになると思います。……一応報告しましたよ」
『了解しました。ステージ2の最後ってことは、いつ3に移行してもおかしくないね。十分気を…――』
 すぐ横で、大きな破砕音が響いた。
 見やると、容疑者が暴れて車の窓が割れたところだった。彼女は拘束帯で押さえられた両手を振り回して、メグの手を振り払うと、異形の両手で彼女を突き飛ばす。
「ちょ、ちょっと!あばれないでよ!……きゃっ…!」
「■■■■!!」
 龍化現象が進んだ容疑者は、すでに変貌した異様な声でなにかわめいて、走って行った。
「ムッくん、星が逃げた!!」
「あぁ?!おいっ!」
 コンクリートにたたきつけられたメグも気になるが、まずは容疑者を追わなくては。
「――被疑者逃走です。あとでまたかけ直します」
 電話を切ると、改めて全力で走り始めた。

「あいたた……」
 椋実が走って行ったのを見て、自分も続こうと立ち上がる。
 かなり強く突き飛ばされたので、どこもかしこも痛い。特に痛いのは、変な踏ん張り方をした軸足。右の足首がずきずきと痛い。
(…嘘でしょ?もしかして、足首やっちゃった)
 それでもなんとか壁に手をついて、パートナーを追いかける。
「うぅ…いたいよぉ……」

 容疑者の脚力は、明らかに人間離れしていて、龍化現象の影響が見られた。だが、椋実鼠が全力で追いかければ、まだ追いつける距離だ。
 容疑者が角を曲がる瞬間、頭の中でブレーキがかかる。
(……メグは?)
 やめておけ、とは思ったが、一瞬振り返ってしまった。
 ずいぶん後方から、足を引きずりながら息を切らせて追いかけてくるのが見える。
「……っ」
 とっさに足を止めて、容疑者の背中とメグを見比べた。

「いいよ!追いかけて!!…私はいいからっ!」

 遠目から見ても、膝や腕が赤くすりむいているのが見える。
「くそっ……!」
 頭をかきむしってため息をつくと、そのまま小走りで戻った。
「…いいって言ったのに。どうして……」
「足、どうした?ひねったのか?」
「うん、ごめっ……」
 戻ってきた椋実を見て、なぜかメグは瞼いっぱいに涙をためて声を詰まらせた。
「いい、謝んな。しかし、ずいぶん派手にやられたな。……とりあえず車戻るぞ。歩けるか?」
 ため息こそついたが、椋実はメグを責めなかった。
 メグは、嬉しいやら情けないやらで、涙がぽろぽろこぼれたが、彼が肩を貸そうとしてくれるのを見て、普段と同じように甘えたくなった。
「……えへっ…へへ――え、えーん!歩けないよぉー!えーんえーん!いたーい!あー、大好きな人がお姫様抱っこで、車まで運んでくれたらなぁー!いたぁーい!」
「……」
 さすがに困らせすぎたか、と視線を上げた時、ふわっと体が浮いた。
 椋実鼠が、軽々とメグを抱き上げる。
「えっ……ほんとにお姫様抱っこしてくれるの?」
「お前がしろって言ったんだろ。暴れたら落とす」
「……椋実くんだいすき!」
 首に手を回してぎゅっと抱きつく。
「わかったわかった……」
(椋実くんは優しいなぁ……。でも、もしかして誰にでもこうなのかも)
 自分だけに優しいわけじゃないと思うと、大変切なく思えて、その無防備な頬にキスをした。
「…………すきです。私の初ちゅー、ムッくんのほっぺにあげるから、彼氏になってください」
「はっ…、絶っっっ対ならん」
 軽薄そうに鼻で笑う。
「けち……」
 むくれていると、椋実が車の後部座席のドアを開けた。
「はい、お姫様。ついたぜ」
「ちょちょちょ!ちょっとお待ちよお兄さん!」
 そのまま後部座席に下ろされそうになって、ジタバタと暴れる。
「今度は何だよ」
「後部座席なんてヤダ!助手席がいい!!」
「あのなぁ。脚伸ばせる方が手当もしやすいだろ」
「でもヤなの!私はムッくんの隣じゃないとイヤ!!助手席じゃないと降りない!」
 今度は絞める勢いで、椋実の首に腕を回す。
「ぐっ……!おい首!首!!痛い痛い!締まってます!しんじゃう!」
「私を助手席にのーせーてー!!!」
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・赤色・
情熱的、かつ感情的な傾向があることが多い。
過去、発端、情熱、怒り、そして焼き尽くす愛を表す色。
己を省みぬ苛烈なる赤は、英雄としての活躍を約束する。
・アルストロメリア・
持続する今と果てなき未来を表す花。
誰にも頼らぬ者、気高くある者、己を捧げる者であることが多い。
途切れず続く未来を想う者、献身的な愛を抱く者、凜々しく立つ者にこそ、アルストロメリアが冠される。

第二章 蘇芳&アザレ
アンサング・タワービル 街一番高いビル 最上階展望ラウンジ 人工太陽・東から百二十五度 午後三時前

  アンサング・タワー。この街で一番高い建物。
 その最上階には、百八十度ガラス張りの展望ラウンジがある。記念品価格の飲み物や、何に使うかわからない土産物を売ってる売店が並ぶ中、カップルや家族ずれがぽつぽつ歩いている。
「ほら、あれ。俺たちが昼飯食べたショッピングモール!」
 蘇芳が観光用双眼鏡カンコウヨウソウガンキョウをのぞき込みながら、窓の外を指さす。
「ほら、って言われても、俺は見てないから…。大の大人が、しかもここに住んでるヤツが、そんなんで喜んでどうするんだよ」
「じゃあおまえも見れば?」
「……やめとく」
 すでにガラスからは距離があるが、アザレはまた一歩引いた。
「もしかして高いのだめなのか?そりゃ悪いことしたな」
「別に…高いのがダメなんじゃ、ない。ここからでも景色は十分見えるし」
 半分は強がりだったが、もう半分は事実だ。ここからでも十分街の展望を楽しむことが出来る。
「そういえば、なんでここは街って言うんだろう。そういうには少し広いよな」
「崩壊を逃れた地域全体をさして、アンサング・シティと言うから、厳密には街じゃない。便宜上街と言ってるだけだ」
 双眼鏡の時間が切れたのか、蘇芳が歩き出した。
「なぁ、何で俺をここに連れてきた?」
「ここ、好きなんだよ」
 蘇芳の後に続いて、景色を見ながら展望室をぐるりと一週した。
 売店の前を通ると、アンサング・スペシャルサンデーという登りが目に入る。
「どうせ来たし、あれ食べるか?」
「こういう場所の喫茶って、高いから食べない。しかも高い割に味は変わらないし」
「じゃあ俺だけスペシャルサンデー食べるわ」
「な、なんかそれはちょっとズルい!」

 結局スペシャルサンデーを二つ頼んで、窓際の喫茶スペースにすわる。
「――…そういえば、アンタってこの仕事長いのか?」
「ん?そうだな、六年近くやってるか」
「こんな仕事六年もしてんのか。すごいな。……やりがいとかあるのか?」
「これなに?インタビュー?」
「いや。どんなやつがこんな仕事してるのかと思って。ただの興味だ」
「アザレって、ナチュラル無礼系美少年だよな。天然なのか?」
「……?」
 蘇芳の言葉に、アザレは小首をかしげた。その仕草を見て、はははっと蘇芳が笑った。
「俺はさ、善いことしてる自分が好きなだけの偽善者ギゼンシャなんだよ。善いことしても悪いことしても、結局人間て生きて死ぬだけだから、善いことして気分よくなる方がいい、ってことで」
「でも都市捜査官て誰かに褒められる仕事じゃないだろ。人一倍しんどい思いしてるのに、称えられるどころか恐れられて倦厭されてる」
「まぁなー。達成感みたいなものがあるから、俺はやっていけてるけどね」
「いつか、達成感より虚無感が勝ったらどうする?」
「うーん、そうだなぁ…」
 しばらく考えるようにして、
「この仕事辞める」
 蘇芳はあっさりとした表情で、そう言った。
「あ。フォージとロストブライトとしてこの街を滅ぼす、とかじゃないのか」
「うーん、俺そういうガラじゃないんだよな。それに、わりとこの街気に入ってるから、それはない」
「ちなみに、都市捜査官になる前は何をやってたんだ?」
「警官」
「……筋金入りだな。――本日のインタビューは以上になります。ありがとうございました」
 アザレも軽く笑って、ざくざくとパフェをスプーンで混ぜる。
「生きてるうちにアンタと出会えていたら、もっと違う景色が見えてたかもな……」
「過去俺たちがどうすべきだったか、なんて話してもしょうがない。今出会えた奇跡に乾杯しよう」
 蘇芳はそう言って、柄の長いスプーンが刺さったままの、プラスチックのサンデーカップをアザレのカップに、カツンとぶつけた。

 サンデーを食べていると、蘇芳の携帯が鳴った。ディスプレイには『班長』という文字が見える。
『もしもし、蘇芳さんですか?』
「はいはい。どうかしたかね、班長さん」
『手短に話しますね。――椋実くんが容疑者と接触しました。売人と一緒に確保しようとしましたが、容疑者が一人で逃走。大変危険な状態です。しかし、これは好機だと思っています。街中で暴れられても困りますから。このまま椋実くんと二人で追跡し、人気の無い場所に誘導してください。詳しい場所についてはオペレーターから指示を。……よろしくおねがいします』
 了、とだけ言って電話を切ると、蘇芳は残りのサンデーをかきこんで、にやっと笑った。
「いくぞ、相棒」
「やっと出番か」
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・青色・
冷静かつ知的な者、あるいは理想家であることが多い。
未来、冷静、策略、知識、そして秘めた想いを表す色。
攻撃も支援もこなせるが、知略が必要とされるだろう。
・コスモス・
調和と純潔を象徴する花。
清らかな心を持つ者や、一途な重いを持つ者であることが多い。
真心に満ちたその温かな心をもって、周囲に調和をもたらす。

第二章 萌葱&ゼニス
ショッピングモール ゲームセンター 人工太陽・東から百四十度 午後四時

 この街には、太陽も空も存在しない。
 ドーム状の天蓋を、巨大なライトのような人工太陽がレールに合わせて行ったり来たりしている。
 午前五時に点灯し東から登り始め、午後六時に西の空へ沈んで消灯する。夜間時間のうちに東に戻り、翌朝また同じ時間に同じ場所で点灯する。
 七年前、女神の加護をなくしたこの世界は、空を失った。

「だいぶ日が傾いてきたけど、ゼニスはモールを楽しめてる?」
「……いえ、あまり」
 ゼニスは、通路の左右に並ぶ洋服店を眺めながら、首を横に振る。
「えぇ…?」
「今現在、不足しているものはありません。気になるものはありますが、どれも優先順位が低く、購入を検討するほど必要に迫られてはいません」
「うーん……そういうのは、過不足とかじゃなくてね?」
 どうしたらわかってもらえるだろう、と考えたとき、ふと彼女の服に目が行った。
 白いワンピースに、デニムの軽いジャケットを羽織っている。かわいい部類の服装だと萌葱は思う。
「――じゃあ、その服は誰かに選んでもらったの?」
「はい。私を起動したヤード職員が選びました。戦闘行動には向いていませんが、現在不都合はありません。そのほか、私が日常的に身につける部屋着なども支給されるそうです」
「部屋着って…ジャージみたいなモノ?」
「おそらく。動きやすく、野外行動も可能です」
 ゼニスがうなずいたのを見て、萌葱は決心した。
「ゼニス、服は買おう。自分で選んだものを買った方がいいよ。君が女の子でなくとも、芋ジャージで外を歩くのはちょっと…ダサいよ?」
 彼女の手を引いて、今着ているのと似た系統の店舗に入る。しかし、萌葱は女の子の服がわからない。
「さて…ええと……ゼニスはどんな服が着たいの?」
「そうですね。動きやすく、通気性が良いものがいいです。予算的にも値段は低い方が好ましいでしょう」
「店員さーん、彼女に似合う服をいくつか選んでもらえますかー?」
 ここから、ゼニスのファッションショーが始まった。
 ゆったりしたデニムのジーンズを着たり、ニットセーターを着たり、ふわふわのスカートをはいたり……。
「……萌葱、私はかわいいですか?」
 試着室から出てきた美少女が、小首をかしげる。
「え?ええと…かわいいよ?うん。かわいい」
「…………そうですか」
 なぜか少し満足げに、いくつか購入を決めていた。
 合計金額を見た時、目玉が飛び出たのは言うまでも無い。ついこの間作ったキャッシュカードを使うことになった。
「なるほど。これがショッピングですね」
「そうか…これがショッピングか……」
 店の外に出て、通路のベンチに座る。二つの紙袋を抱えたゼニスとは反対に、萌葱はレシートを眺めてため息をついた。
「女の子のショッピングって、なかなか過酷なんだね?」
「そうですか?……楽しかった、です」
 相変わらず表情は硬かったが、彼女の口から、楽しかった、という言葉を聞けて萌葱は嬉しかった。
「楽しかったならよかったよ」
 ほっとして頬が緩む。
 鞄のポケットで萌葱の携帯が鳴った。ディスプレイには”藤さん”と表示されている。
『もしもし?瓶覗くんの携帯であってるかな』
「はい、僕です。藤さんですよね。どうかしたんですか?」
『こっちの状況が変わったので、あなたたちに別の指示を出します』
「わかりました」
『ブライト化した容疑者の略式執行です。これから位置情報を送るので、フォージと《変身ターン》して待っていてください。なる早で』
「りょ、…了解です!」
 略式執行。
 ごくりとつばを飲み込む。現場作業員として、戦闘後の後始末を手伝うことはあったが、実際現場にいたことはない。これから自分は、そのただ中に飛び込むことになる。
「どうかしましたか?」
「うん、ブリンガーとフォージとして、現場に出ることになった。一緒に行こう」
「はい、同行します」
シーンカット

・エンドクレジット・
セッションツール:ココフォリア

キャラクターアイコン
萌葱……やわらかめのネコヤギ
ゼニス……こあくまめーかー😈2nd
蘇芳……ストイックな男メーカー  作者様クレジット安田昴様
アザレ……Ryon式おとこのこ
椋実……수릐 픽크루
メグ……YSDメーカー
藤……たょ錬成
ダリア……さくメーカー
荒廃者……Silhouette Pal Maker!

花章素材
制作:染谷様 ※キキョウの花章素材は、いらすとやさんの画像を編集して利用しています。

マップ素材
制作:クルリ様

本作は「どらこにあん」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『銀剣のステラナイツ』の二次創作です。
(C)Fuyu Takizato / Draconian
(C)KADOKAWA