The Battle of Chinese Farm:October 15-19,1973
序
名称とは面白いもので、諸地域の文化的異相や国ごとに違う一般常識などに影響され決まるものでもあります。同じ一つの事象でも様々に呼び方が変わったりもします。
「SUEZ’73」は中東で起きた紛争です。日本では遥か彼方の地で起こった戦争でもあり、第四次中東戦争などと無味乾燥な味気ない名称が付けられています。それでも当時のテレビニュースでは大騒ぎだったようです。戦争の意味も理解出来ない幼子だった小生にも「オイルショック」と呼ばれトイレットペーパーが店頭から消える騒ぎは朧気に記憶に残っています。当事者国であるイスラエルとアラブ諸国連合ではそれぞれの宗教的立ち位置から、イスラエルでは「ヨム・キプール戦争」・アラブ諸国では「ラマダン戦争」や「十月戦争」とそれぞれの視点で色々な名前で呼ばれるようになります。
とりわけ、イスラエルと政治的つながりの強い米国ではイスラエル側の名称、すなわち「ヨム・キプール戦争」との名称がよく使用されています。
ヨム・キプール(邦訳「贖罪の日」)とはヘブライ聖書レビ記16章に規定されるユダヤ教の祭日とウィキペディアには記載がありました。この祭祀はユダヤ教における最大の休日の1つであり、祝日前夜の日没時にヨム・キプールの始まりを告げるコル・ニドレイの旋律がイスラエル中に響き渡るそうです。
ユダヤ教徒はこの日、飲食、入浴、化粧など、一切の労働を禁じられ断食を行わなければならない…神に祈る以外の行動を極力行わないそうです。コル・ニドレイが謳われたあと街はひっそりと異常な静寂に包まれるのでしょう。

このヨム・キプールという祭祀により国の機能が停止してしまった1973年10月6日、ユダヤ教国家「イスラエル」は、エジプト・シリア両国によるアラブ連合軍からの奇襲を受けることになります。
先の三次中東戦争までにイスラエル軍はアラブ諸国軍を圧倒、イスラエルが国土と主張する地の北東はゴラン高原。西はシナイ半島を制圧し占領地の拡張に成功しています。その両占領地にアラブ連合軍が奇襲もって奪い返そうとする状況が第四次中東戦争の端緒となるのです。
アラブ連合の攻撃を三度とも弾き返してきたイスラエル軍は精強で勇猛…当時は「中東のサムライ」との二つ名まで聞こえて来たほど。しかし強さが仇になったのかもしれません。イスラエル軍に慢心は無かったとは言えないでしょう。瞬く間にゴラン高原のイスラエル軍は敗退を余儀なくされ一敗地に塗れます。シナイ半島の迎撃戦も劣勢ではありましたが、軍の立て直しに成功したイスラエル軍は1973年6月15日アビレイ・ハレフ作戦を展開、反撃の狼煙を上げるに至るのです。
「SUEZ’73」は、このアビレイ・ハレフ作戦を題材に取り上げています。
ともあれ、この紛争はウォーゲームの世界においてもエポックメーキングな事象が多く、第二次世界大戦以後の大規模な機動戦としても当時から非常に注目されるテーマとしてゲームデザイナー諸氏の目に留まります。以降、アメリカを中心に多くのシミュレーションゲームがこのテーマで製作されることは、今このブログの読者の皆様の中に知らぬ方はおられないでしょう。
今回、考察の対象に選んだ「Suez‘73」も米国のボードゲーム制作会社 Game Designers’ Workshop(後述ではGDWと表記)により1981年に上梓された逸品です。本編の考察に入るにあたり、まずは道しるべとして、考察の概要から述べさせて頂こうと思います。
考察概要
様々な名称を持つこの戦争をGDWのゲームデザイナーはどのように捉え、そしてどのようにマップ上に描き出したのでしょうか。
今回の考察では、「Suez‘73」のキャンペーンゲームの「勝利条件」を深堀するところから考察を始めたいと思います。勝利ポイントを獲得するためのイスラエル軍プレイヤーの戦略を複数選択。そしてそれぞれの作戦に対し、以降に紹介する三つの特筆すべき点を中心に考察を深めてゆきたい、との予定です。その3点の詳細は以後の考察記事に譲りますが、ここで軽く触れることにしましょう。
まず一つ目は各ターンのシークエンスを非常に特異なものとしている「タイム・オブ・スライス」と呼ばれる独特のフェイズシステム。このシステムにおける戦術と戦略について一歩でも深く追求が出来れば、と考えています。

次の特筆点として挙げられるのが、戦力値の「細分化」です。ゲームの規模は作戦級と呼ばれ得る規模で第四次中東戦争をトレースしています。対歩兵部隊・対装甲部隊・戦闘練度など種々の数値が状況により基本戦力値に変化を齎します。ユニットの製作スタイルは戦術級で有名な「Squad Leader」をモデルにしているのだろう、と思えてしまうほどに似ているように小生には思えます。
上記のレーダーチャートは、イスラエル軍・装甲大隊ユニットの各種数値を見やすく図表化しています。下記ユニット(左が表面)の裏面(右)に表示してあるものの図表化とお考え下さい。追記しておきますが、上記のレーダーチャートと下記ユニットは全く違うユニットを表示していますので数値が違います。ご承知おきください。
この二つの特筆点ゆえに一部のウォーゲーマーから作戦戦術級と呼ばれているのも頷けるゲームとなっており、このブログでも二つの特異点を基礎として考察を進めていきます。
最後に、ゲームに同梱されているデザイナーズノートとゲームアドバイスを特筆点の三番目に挙げておきます。
ウォーゲームのコンポーネントとしてルールブック・ヒストリカルノート・デザイナーズノート・ゲームアドバイスの4点の文書はほぼ必ずと言ってよいほどどのゲームにも付録されています。
もっともルールブックはゲームシステムを司るソフトの部分にあたりますので無くてはならないものです。ですが、他の3点については、無くてもゲームプレイに支障が出るものではありません。テーマとなる紛争の時代背景、該当する紛争をデザイナーはどのようにプレイして欲しいのか、またはその戦争をボードゲームにするにあたりルールやユニットをどのように創り込んでいったのか…などと、ゲームには直接関係は有りませんが、その外縁部の知識を補強する道具として機能しています。
とりわけデザイナーズノートとゲームアドバイスは制作過程の裏話やデザイナーのゲームコントロールの一端が垣間見える為、非常に興味深い読み物となっていました。ここではヒストリカルノートは取り上げておりません。蔑ろにする積りは毛頭ないのですが。制作過程を楽しめるデザイナーズノート方がよりが小生の興味をそそるためです。ゲームのアドバイスも含め、今回の考察の一助とさせて頂く予定でいます。
英語が読めない小生は、グーグル翻訳を利用しました。技術の進歩は素晴らしいものです。英語音痴の小生でさえ英文をそこそこは読むことが出来てしまう時代になりました。皆様はすでにデザイナーズノートはお読みになっておられることと存じます。ですが、もし・・・未読でご興味がおありの方がおられましたらダウンロード出来るようにしてありますので、ご活用頂ければと思います。グーグル翻訳のデザイナーズノートではありますがご興味のある方は一度お読みになってみては如何でしょうか。
一応、念のために添えておきますが、このデザイナーズノートの翻訳文書は、個人の趣味で作成したものでありますので商業利用等の営利目的のご利用はお控えください。あくまで当文書の著作権はGame Designers’ Workshop、または「Suez’73」制作関係者に帰属するものです。当然ではありますが、皆様の個人的趣味の範疇でお楽しみ下さい。
今回はこのあたりに止め、先に紹介しました特質点3点を基軸とした考察を「序」以降の記事にて4編ほどに纏めたいと考えています。次稿は梅雨明けまでには上梓を予定しております。
お読み下さりありがとうございます。
追記:前回の記事を上梓してすでに9か月ほど時間が経過してしまいました。
プライベートで些か大きな人生の変化が続き、進まぬ推敲ばかりに時間を費やしてしまっておりました。当ブログを応援して下さる方々には大変なご迷惑をお掛けしてしまいましたこと、誠に申し訳御座いません。プライベートに関する波風の詳細は語れませんが、現在の小生は徐々に日常を取り戻しつつあり、「序」以降の推敲も進みつつあります。勝手なお願いではありますが、今しばらくお待ち頂ければと願っております。