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【光砕のリヴァルチャー】「一条ハルカは喋らない」 前章「若輩は猫である」

・はじめに・
 これは一人で【光砕のリヴァルチャー】をプレイし小説風ログにしたもの、の前日譚です。
 フィアンセの視点から二人の出会いを描いたものになります。
 本編はこちらへ→【光砕のリヴァルチャー】一条ハルカはしゃべらない【小説風プレイログ】上

 本作は「どらこにあん」及び「株式会社アークライト」が権利を有する『光砕のリヴァルチャー』の二次創作です。

―――◆―――◆―――◆―――◆―――◆―――

 ここはフォートレス「カリワタシ」。ここには王がいる。
 王権制度がどうのという話でなく、シュヴァリエの血を濃く残す純血の一族が、このフォートレスの運営と守護を担っている。だから、王冠も玉座もないけれど、彼らは実質的な王と言っても過言ではないだろう。
 そんな王が、先日亡くなった。
 王は、二ヶ月前に探査ミッションに出たきり帰らなかった。捜索隊が、大破したリヴァルチャーとともに彼らを発見した。機体は整備すれば使えそうだったが、シュヴァリエもフィアンセも、すでに息を引き取って長いようだった。

 このフォートレスの王冠は、亡くなったシュヴァリエの一人息子に引き継がれることになった。

 彼の名前は、一条ハルカ。私と同じ学校に通うクラスメイト。
 齢17にして、このフォートレスの存続を託された男子高校生。
 前シュヴァリエの国葬から、一夜明けて。朝の教室は妙にしんとしていた。
 ちらっと窓側の席に目をやる。
 いる。黒い蓬髪と、赤い瞳。シュヴァリエの血を色濃く残した一条ハルカ。年齢にそぐわない身体能力で、幼い頃から様々な陸上大会を総なめしたとか。

 私は中学の頃から一条ハルカが苦手だ。

 中学当時、図書委員に立候補する生徒は少なかった。どうせ図書室なんかに人は来ないし。
お昼休みと、放課後に受付に座って、たまに貸し出しや返却の確認だけすればいい。それだって、ぴってバーコードを読み込むだけで、あとはパソコンが全部やってくれる。
 その日、私は図書委員として居残っていた。といっても、カウンターに座って、時間いっぱい本を読んでいたんだけれど。
 私はしばらく、一条くんが図書室に入ってきたことに気がつかなかった。
 あり得ないほど静かで、あれ?いまドア開いたかな、なんて思ったぐらいだ。
 いつの間にか彼は小説の棚に立っていた。
 一条くんがそんなものに興味があるとは知らなかった。

 一条ハルカ。
 昔から学校中の有名人だった。次期シュヴァリエとして、良いことも悪いことも、好き放題言われていたのに、彼は何も言い返さず今と同じように、ただ黙ってそこにいた。

「…貸し出しですね」
 しばらくして一条くんが、カウンターに本を持ってきた。
 うしろのバーコードを読み込むだけでよかったのに、つい気になってくるっと表紙を見た。
 『お伽草紙・新訳諸国話』
「――……太宰治だ」
 旧世界の文学作品。
 各地の遺跡やデータに残った遺物。当時の人々のことがよくわかる資料ではあるが、実用的でない分、サルベージの優先度は低い。読む人も少ないしね。
 こんな本を読む人がまだいるんだ、と関心する気持ちでつぶやいた。ちらっと一条くんを見上げると、何が気にふれたのか、ぎろっと睨まれてしまった。
「ご、ごめん」
 詮索されたくなかったのかも、ととっさに謝って慌てて目を伏せた。
 さっと本を受け取ると、来たときと同じように静かに帰って行ってしまった。

 それからというもの、私は一条ハルカが苦手だ。学校ですれ違うと変に気まずくて、絶対に二人きりになんかなりたくない。
 多分向こうは、私のことなんか覚えていないだろう。でも私はにらまれた時の表情が忘れられなくて、なんだかまだ怒っているような気もして、見かけるたびに冷や汗が出る。
 そんな一条ハルカくんが、このフォートレスの王になる。

 様々な事情から、フィアンセがリヴァルチャーに乗れなくなると、国の運営がフォートレスの民全体に公募をかける。
 選ばれたフィアンセとその家族は、多額の助成金と生活保護が受けられるとあって、毎回たくさんの人たちが応募している。
 かくいう私も、母と二人暮らしで生活が厳しいので、よく応募する。
 私は生まれつき、首の後ろあたりにコネクタがある。なにかの隔世遺伝とかで、先天的にフィアンセとしての資格があるらしい。
 毎回、棒にも箸にもかからないのだけれど。
 今回も応募したが、多分ダメだろう。なにより、一条くんは苦手だ。きっとうまくやれない……。

 今日はなんだか憂鬱な気持ちで、家に帰る。
 ポストを開けると、いくつかの請求書と一緒に、分厚い封筒が入っていた。
「なんだろう?」
 『フォートレス運営委員会』『田沼ミコト様』
 堅苦しい文字を見て、心がざわざわと沸き立った。

「……田沼ミコト様。厳正な審査の結果、あなた様が次期フィアンセとして当選されましたことを、お伝え申し上げます。つきましては○×市民館にて、以下の日付で研修を……」

 嬉しいのか、恐ろしいのか。よくわからなくて、パート勤務から帰った母に声をかけられるまで、ずっとそこで立ち尽くしていた。

―――◆―――◆―――◆―――◆―――◆―――

 知らせを受けてから一月。大まかな研修を受けて、今日は顔合わせと動作テスト。フォートレス外壁のそばにあるリヴァルチャーの格納庫へやってきた。
 普通に暮らしていたら、一生来ないような場所だ。
「はじめまして、田沼ミコトです!」
「知ってる」
 シュヴァリエ、フィアンセとして会うのは初めてだから、と張り切って頭を下げたが、素っ気ない一言で一蹴されてしまった。
「あれ…ちゃんと名乗ったこと、あったっけ……?」
「いつも学校で会ってるだろ」
「へえぇぇ~……そ、そうだねぇ…!」
 覚えられていると思わなくて、変な声と汗が噴き出す。
 鋭い緋眼と目が会うたび、心臓が口から出そうになる。
(ひょぇっ…こわいよぉ……)
 気を紛らわせるために、格納庫の中に目を走らせる。
 当然真っ先に目に入るのは、私たちが乗る機体。
 全高10メートル前後の鉄の巨人。よく磨き込まれた銀色の外装と、細いシルエットが、日本刀のようにも見えて、鋭い美しさがある。……なぜか、一条くんを初めて見た時のことを思い出した。静謐で鋭く研ぎ澄まされた、あの瞳の恐ろしさを。
 今はまわりに移動式の足場が組まれて、たくさんのクルーが作業をしていた。
「……」
「…あ、のさ、この格納庫にあるリヴァルチャーって、これだけ?」
「残念ながら、今はこの一機だけってことになってる」
 やぁやぁ待たせたね、と声をかけてきたのはくたびれた中年男性。白衣姿にバインダーを小脇に挟んで、いかにもここの責任者風だ。
「どうも…」
「リヴァルチャーを稼働させるには、馬鹿みたいに金も人もかかる。だから、複数のリヴァルチャーを所有して満足に扱えてるフォートレスは意外と少ないのさ。……こいつだって、ついこの間戻ってきたのを、今急ピッチで修復してるとこなんだから。――ああ、名乗ってなかったな。おじさんはここの整備主任。未成年の君たちがリヴァルチャーにのる時の保護責任者でもある。…まぁ、ドクとでも呼んでくれたまえ」
「なるほど。よろしくおねがいします」
 私は素直に頭を下げた。
 一条くんとは面識があるのか、小生意気な坊ちゃんが大きくなって、なんて言っていた。
「今日は機体の動作テストもかねて、二人が組んだときの様子も見ます。…じゃあそういうことで、さっそくクレイドルに乗り込んでいただこうかね」
 私と一条くんは、リヴァルチャーの周りに組まれた足場を上る。クレイドルは縦長の楕円形で、昔テレビで見た”恐竜の卵”というものにそっくりだった。
「えっ」
 開いたハッチから見える景色に、つい声を上げてしまう。
 クレイドルの中には、上下左右が逆さまに席が二つあった。つまり、シュヴァリエとフィアンセは、クレイドルの中で上下逆さまに正面から目が合うことになる。
「ははぁー、新鮮な反応だな」
「こ、こんなのどうやって乗るんですか?」
 私が戸惑っている横で、一条くんはすっとクレイドルへ踏み入ると乗りやすい下段の操縦席に座ってしまった。
 よく見ると、逆さまの座席にはフィアンセと機体を直接つなぐためのプラグが下がっている。
「……」
 一条くんは早く乗れとばかりに睨んでくるが、そもそも乗り方がわからない。
「えっ?こんなの、どうやって乗るんですかぁ!?」
「まぁ乗ってみればわかるさ」
 ドクはそういって、再度同じ疑問を繰り返す私の背中を軽く押した。
 蹈鞴を踏んで、慌てて機内の手すりをつかむ。
『フィアンセ ノ 搭乗 ヲ 確認。疑似重力発生開始』
 途端に機械音声が響き身体が上方に引っ張られる――いや、これは上に”落ちそう”になる。
「うわぁっ!」
 とっさに身体を反転させて、上段の操縦席へ収まった。
『クレイドル内 ノ 重力安定。コネクタ接続作業 ヘノ 移行 ヲ 推奨』
「びっ、くりしたぁ……」
 髪の毛も洋服も常時の重力に逆らって、私の姿勢に準じている。
 不思議な感覚に気をとられていたが、視線を上げるとすぐに一条くんの赤い瞳と目が合って、身体がこわばる。
「……」
(…いや、何か言えよっ!!)
 わざとらしく咳払いをしてから、改めてコネクタ接続に移る。
 研修で教わったことによれば、フィアンセはリヴァルチャーとシュヴァリエをつなぐ緩衝材。フィアンセは機械と直に接続され、シュヴァリエとは脳波での無線接続となる。
 首の後ろから肩甲骨のあたりにかけて、電源のようなコードがつながる。初めての感覚にぞわっと鳥肌が立った。
「うぅっ……なんだか、変な感じ。自分が機械の一部になっちゃったみたい…」
「……」
 一条くんは相変わらず、私が身震いするのを黙ってみていただけだった。
 作業クルーたちはいったんリヴァルチャーから離れ、私たちをクレイドル内部に残してハッチが閉じられた。外からの光が遮られ若干の揺れを感じた後、ぱっ と視界が明るくなる。
 全方位に展開されたモニターが外の状況を映し出す。私の足下には格納庫の天井があり、見上げればリヴァルチャーの機体を見ることが出来る。
『こちらハンガーからクレイドルへ。通信状況はいかが?』
「あっ、こちらクレイドル。フィアンセ通信、良好です」
『ちょっと男子ー、女子だけにしゃべらせるなんてサイテー。アンタもなんかしゃべりなさいよー』
「……」
 一条くんは何も言わないまま、私と視線を合わせる。
 すると、モニターに映るリヴァルチャーの両手が持ち上がって、可動式の足場をがしゃ、とわざとに揺らして見せた。
『おいおい、備品を壊すな』
「壊れてない」
 不思議な感覚だ。こうして向き合って座っていると、あの赤い瞳が怖くない。むしろ、きれいだな、なんて考える余裕まである。
「……シュヴァリエも通信良好だそうでーす」
『コンプリメントゲージ、現在上昇中。予定ゲージ70を予想。…十分合格点だ。これなら本番も問題なく動けそうだな』
「コンプ…なに?それが低いと何かあるんですか?」
『あまり下がると双方負担がかかりすぎる。ウチでは、60を切ったら強制的に戦場を離脱させることになってるから。――まぁでも今のところ心配は無いでしょう。70が平均点としたら、80以上の数字は全部満点だよ』
 その後、フライトレベル1~12までを軽く往復するテスト飛行を行ってから、この日は解散となった。

―――◆―――◆―――◆―――◆―――◆―――

「……ただいまー」
 家に帰ると、母が台所で夕飯を作っていた。
「お帰り。今日はどうだった?うまくやれそう?」
「……うーん、どう、だったんだろう?」
 はっきりしない声を吐きながら、荷物を片付ける。
「シュヴァリエの男の子と会ってきたんだよね?」
「そうなんだけど。な、なんて言ったら良いんだろう。えと…例えるなら、引き取って一日目の保護猫?みたいな。なかなかゲージから出てきてくれなくて、一歩間違えれば、もう一生心開いてくれないんじゃないかって感じ。……いや、間違えればっていうか、もう間違えたかも知れない…どうしよう不安になってきた」
 わっと気持ちが口からあふれ出した。
「何にもしゃべらないし、何考えてるかわかんないんだもん!」
「あはは、それは大変だね。時間をかけて信頼を勝ち取るしかないんじゃない?何事も一日にしてならずってことだよ」
「そうだよねぇ……」
 最低でも、命を預けてもらえるぐらいの信頼関係にならないと。
「……命預ける信頼関係って、それもう最低ラインがゴールじゃんかぁ!!」
 誰にともなく叫んで頭を抱える。

 こうして、私のフィアンセとしての日々が始まった。保護猫がゲージから出てきてくれる日は、まだまだ遠く及ばないようです……。

――to be continue――

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